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東京地方裁判所 昭和52年(行ウ)72号 判決

原告 石川敏雄 外一名

被告 大田区建築主事

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告ら

1  被告が訴外大川松夫に対してした昭和四六年八月二三日付第三〇〇八号による建築確認処分及び同四七年五月一七日付建築物検査済証交付処分はいずれも無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前)

主文と同旨

(本案)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  処分の経緯

訴外大川松夫は、東京都大田区多摩川一丁目二五六番地の一の土地(以下、「本件敷地」という。)上に鉄筋コンクリート造五階建診療所併用共同住宅(以下、「本件建物」という。)を建築するため、被告に対し建築基準法に基づく建築確認を申請したところ、被告は、昭和四六年八月二三日付第三〇〇八号をもつてこれに対する建築確認をした。本件建物は昭和四七年四月完工し、被告は、右訴外人に対し同年五月一七日付をもつて同建物の検査済証を交付した(以下、右建築確認及び検査済証交付を一括して「本件各処分」という。)。

2  本件各処分の違法

本件建物は以下に述べるとおり建築基準法に違反する建築物であり、これを看過してされた本件各処分には重大かつ明白な瑕疵があるからいずれも無効である。

(一) 道路斜線制限違反

本件敷地は、都市計画法上の住居地域内にあつて、その南側において幅員七・二七二七メートルの道路に接しているから、本件建物の高さは南側道路斜線制限により右道路幅員の一・二五倍以下に制限されるべきところ、本件建物は、右道路の幅員が八メートル、右倍率が一・五倍であることを前提として建築されており、別紙第二図(赤色部分)に示すとおりその南側部分において右道路斜線制限に違反している。

(二) 建べい率違反

建築物の建築面積の敷地面積に対する割合(以下、「建ぺい率」という。)は、本件敷地の場合、七〇パーセントである。しかしながら、本件建物の建築面積は同建物の南側バルコニー部分を含めると一七二・四七平方メートルであるから、その建ぺい率は七二・三パーセントとなり右制限に違反しているのである。被告は、本件建物の建築面積に同建物の右バルコニー部分の面積を算入しないことを前提に本件各処分をしているが、これは違法である。

(三) 容積率違反

本件敷地は、第三種容積地区内にあり、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合(以下、「容積率」という。)は三〇〇パーセントを超えることができないこととされている。しかしながら、本件建物のそれは前記(二)と同様その南側バルコニー部分を含めて計算すると三一三・三パーセントとなり、右制限に違反しているのである。被告は、この点についても前記(二)と同様右バルコニー部分を無視しているが、これは違法である。

(四) 道路内の建築制限違反

本件建物の一階東側の屋根及び出入口ドアは、別紙第一図に示すとおり東側道路内に突出しており、建築基準法四四条一項に違反している。

3  原告適格

原告石川和子は、別紙第一図に示すとおり、本件敷地の北側に隣接する土地上に四階建の建物(以下、「原告ら建物」という。)を所有し、原告石川敏雄とともに同建物の四階に居住しているほか、その一、二階で英語教室を経営しており、また、原告石川敏雄は同建物の四階で建築設計事務所を経営しているものであるが、原告らは、本件建物の完工により次の(一)ないし(三)記載の被害を被つているから、本件各処分の無効確認を訴求する法律上の利益を有する。

(一) 本件建物の南側には、前記道路を隔てて東急目蒲線矢口の渡駅があり、また、その周辺は人口密集地であつて、万一、火災あるいは地震等の災害が発生した場合には、前記のとおり道路斜線制限を超えて建築されている本件建物が避難、延焼防止等の重大な障害となることは明らかであり、原告ら近隣住民は本件建物のために著しい危険にさらされている。

(二) 本件建物の完工によつて、原告らは著しい日照被害を受けるに至り、冬至においては午後三時過ぎまで完全に日照を奪われてしまつたほか、通風、採光も阻害されている。

(三) 本件建物の北側開口部は露出通路となつているため、常に同建物の居住者、訪問者が通行しており、原告らとしては一日中窓を閉鎖しない限り私生活を直視されることとなり、プライバシーの重大な侵害を受けることとなつた。

4  よつて、原告らは本件各処分の無効確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告らは本件各処分によつてなんら権利又は法的利益を侵害されていないから、その無効確認を求める法律上の利益を有しない。

(一) 建築基準法上の道路斜線制限、建ぺい率制限、容積率制限等の制限規定は、都市の過密化を防止し、一定の地域の居住環境を保護する等一般的公益的見地から定められているものであつて、隣接地利用者個々人の日照、通風、採光、プライバシーなどの利益の保護を直接の目的とするものではなく、右各規定が遵守されることによつて、たまたま隣接地利用者が右日照等の利益を享受しうる場合があるとしても、それはいわゆる反射的利益にすぎず、建築基準法によつて保護された利益には当たらないというべきである。

仮に、右日照等の利益が建築基準法上保護された利益であるとしても、原告らが本訴で主張する本件建物の南側部分における道路斜線制限違反、同じく南側部分のバルコニーを建築面積、延べ面積に算入すべきことを前提とする建ぺい率、容積率違反及び道路内建築制限違反と、原告らが被つていると主張する日照等の被害との間には、なんらの関係もないから、仮に本件各処分が右の違反を看過した点において違法であるとしても、その違法な処分によつて原告らの日照等の利益が侵害されたことになるものではない。

(二) 原告らは本件建物による防災上の危険を主張するが、本件建物及び原告ら建物はいずれも鉄筋コンクリート造であつて、火災が発生しても延焼の危険性は少なく、また、原告ら建物は北側で幅員約三五メートルの道路に、東側で幅員約四メートルの道路に面しており、災害時における原告らの避難通路は十分に確保されているのであるから、本件建物の建設によつて原告らに防災上の具体的な危険が発生しているということはできない。

2  仮に、本件各処分によつて原告らの権利又は法的利益が侵害されたとしても、次の理由により、原告らには右各処分の無効確認を求める訴えの利益がない。

(一) 本件建物は既に完成しているが、このように完成した建築物につき事後においてその建築確認の無効が確認された場合には、それはいわば建築確認を受けないで建築されたいわゆる未確認建築物と同じ状態になると解すべきところ、現行法上かかる未確認建築物について、それが単に確認を受けていないというだけで特別に規制の対象とする規定は存在しない。建築基準法九条一項は、特定行政庁が関係法令に違反する建築物について必要な是正の措置を命ずることができる旨定めているが、この是正命令は、違反建築物が確認を受けている建築物であるか否かにかかわりなく当該建築物が客観的に関係法令に違反している限り、行政庁の自由裁量によつてすることができるのであつて、判決によつて建築確認の無効が確定されなければ行いえないものではない。したがつて、本訴において、仮に本件建築確認処分の無効が確認されたとしても、原告らの主張する利益が当然に回復されることになるわけのものではない。

(二) また、本件検査済証の交付処分が無効であつても、訴外大川松夫は本件建物について工事完了届を提出しているから、建築基準法七条四項但書により、仮にではあるが本件建物の使用をすることができるのであつて、本訴において右処分の無効が確認されたとしても、原告らの主張する利益が回復されることにはならない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、本件敷地が都市計画法上の住居地域内及び第三種容積地区内にあること、本件敷地の建ぺい率制限が七〇パーセント、容積率制限が三〇〇パーセントであること、完工した本件建物の東側の屋根の一部及び出入口ドアの一部が道路内に突出していること(ただし、建築計画においてはそのような瑕疵はなかつた。)は認めるが、その余は争う。

3  同3のうち、本件建物の南側に道路を隔てて東急目蒲線矢口の渡駅があることは認めるが、右建物が防災上重大な障害となることは争い、その余の事実は不知。

三  被告の本案の主張

昭和四五年法律第一〇九号建築基準法の一部を改正する法律附則一六号により、本件各処分時における道路斜線制限、建ぺい率、容積率については右改正前の建築基準法(以下、「旧法」という。)が適用されることになる。

1  道路斜線制限について

本件敷地の南側道路の幅員は七・六メートルであり、更に右道路の南側に沿つて東急目蒲線矢口の渡駅のプラツトホーム及び線路敷(両者を合わせた幅員は約二〇メートル)が存在しているので、道路斜線制限について緩和措置を定めた旧法五八条、昭和四五年政令第三三三号による改正前の同法施行令(以下、「旧令」という。)一三四条一項により右道路幅員と右プラツトホーム及び線路敷の幅員を合算した二八メートルを本件敷地の前面道路の幅員とみなしてその斜線制限を計算することとなる。そうすると、本件敷地には三五メートルまでの高さの建築物を建築することができるところ、本件建物の最高の高さは一七・四〇メートルであるから、本件建物には道路斜線制限に違反する点はない。

2  建ぺい率について

本件建物の南側には、二、三、四階に間口三・六メートル、奥行〇・九メートルのバルコニーが、また、五階には間口、奥行ともに三・六メートルのバルコニー(ただし、右奥行のうち二・七メートル部分は、建物の本体の上にあるもので建築面積との関係では本体部分として算入されているので、問題となるのは、本体からはみでて設置されている〇・九メートル部分である。)が存在するが、旧法九二条に基づく旧令二条二号によれば、ベランダ、バルコニーについては、その端から一メートルまでは建築面積に算入しないこととされているから、結局、右バルコニーは本件建築面積との関係においていずれも算入しないでよいことになる。そうすると、本件建物の建築面積は一六一・〇三平方メートルであつて、敷地面積二三八・六〇平方メートルに対し、その建ぺい率は七〇パーセント未満であるから、本件建物に建ぺい率違反はない。

3  容積率について

旧法九二条に基づく旧令二条四号によれば、建築物の延べ面積は「建築物の各階の床面積の合計による」ものとされているところ、昭和三九年二月二四日付建設省住宅局建築指導課長通達「床面積の算定方法について」によれば、「屋外部分とみなされる部分」(周囲の相当部分が壁のような風雨を防ぎうる構造の区画を欠き、かつ、屋内的用途を目的としない部分)は屋外観覧席を除き床面積に算入しないものとされ、通常の形式のバルコニー等は右の「屋外部分とみなされる部分」であるとされている。本件建物には前記のとおりバルコニーが存在するが、それらはいずれも通常の形式のバルコニーであつて、その周囲の相当部分について風雨を防ぎうる構造となつておらず、また、屋内的用途を目的としないことが明らかであるから、本件建物の床面積の算定にあたつては右バルコニーを算入する必要はない。そうすると、本件建物の延べ面積は七〇八・八〇平方メートルであるから、その容積率は三〇〇パーセント未満であつて、本件建物に容積率違反はない。

4  道路内建築について

(一) 本件建築確認処分にかかる建築計画によれば、本件建物の一部が道路内に突出していなかつたのであるから、右処分に違法は存しない。

(二) 完工した本件建物についてみると、その一階東側の三か所でひさし部分が約三ないし一二センチメートルにわたつて道路内に突出し、また、一階東側の出入口ドアを開放した際にその一部約四〇センチメートルが道路内に突出しているが、右違反部分は極めて軽微であつて、かかる瑕疵は、本件検査済証の交付処分を無効とする程のものではない。

四  被告の本案の主張に対する原告らの認否

1  被告の本案の主張1のうち、本件敷地の南側道路の幅員が七・六メートルであることは否認、右道路の南側に幅員合計約二〇メートルのプラツトホーム及び線路敷が存在していることは不知、その余は争う。

2  同2は争う。

3  同3のうち、被告主張の内容の通達があることは認めるが、その余は争う。

4  同4のうち、本件建物の道路内突出部分の詳細は不知、その余は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告らが本件各処分の無効確認を求める法律上の利益を有するか否かについて判断する。

1  弁論の全趣旨によれば、本件建物の北側に原告らの居住する原告ら建物が隣接していることが認められるところ、原告らは、本件建物が道路斜線制限に違反しているため、火災等の災害時における避難及び延焼防止等の面で重大な危険が生じている旨主張する。

しかしながら、右の道路斜線制限違反と災害時における危険の発生との結びつきについて原告らのいうところは、極めて一般的・抽象的であつて、本件建物の南側部分に右違反が存することにより、同建物の北側に隣接して居住する原告らの避難、延焼防止等に具体的・実際的にどのような危険が生じるかについては、これを的確に知りうるなんらの主張、立証がない。かえつて、成立に争いのない甲第四号証、乙第一号証の一、二、同第三号証の二及び三の各一ないし四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五号証の二によれば、原告ら建物は鉄筋コンクリート造であつて、その北側において幅員の広い環状八号線道路に、東側において幅員約四メートルの道路にそれぞれ面していることが認められ、右事実と当事者間に争いのない本件建物の構造、用途(鉄筋コンクリート造、診療所併用共同住宅)に照らせば、原告らにとつて、火災等の災害時における避難通路は十分確保されており、また、本件建物が延焼防止の妨げとなるものともいえないのである。結局、仮に本件建物に原告ら主張のような道路斜線制限違反があるとしても、そのことによつて直接原告らに災害時における危険が生じていると認めることはできない。

2  次に、原告らは本件建物によつて日照、通風、採光が著しく侵害されると主張する。

しかしながら、原告らが本件建物に存する違反として主張する点は、(1)道路斜線制限違反、(2)建ぺい率違反、(3)容積率違反、(4)道路内建築制限違反の四点であるところ、右(1)の違反は前記のとおり本件建物の南側部分の違反であつて同建物の北側部分の高さにはなんらかかわりがなく、また、(2)、(3)の違反も具体的には本件建物の南側部分に存するバルコニー部分を建築面積及び延べ面積に算入しなかつたことをいうものであり、(4)の違反は本件建物の一階東側に存する屋根及び出入口ドアの違反を指すものであるのに対し、原告ら建物は本件建物の北側に隣接しているというのである。このような位置関係からすれば、仮に本件建物に右のような違反部分が存しているとしても、そのことによつて原告らの主張する右日照等の被害が生じることとなるわけのものでないことは明らかであり、右の違反と被害との間には、直接的にせよ間接的にせよ、なんらの関係がないというべきである。

3  更に、原告らは本件建物の北側開口部が露出通路となつているため、原告らのプライバシーが重大な侵害を受ける旨主張するが、原告らの主張する本件建物の違反部分は前記のとおりであつて、右被害とまつたく関係がないことは明らかである。

以上のとおり、原告らが主張する被害は、いずれも本件建物に係争の違反部分が存することによつて生じているものということができず、他に右違反部分の存在によつて原告ら自身に直接具体的な被害が生ずることについての主張、立証はない。

そうすると、原告らは本件各処分によつてその権利又は法的に保護された利益を侵害されたものとはいえないから、原告らには右各処分の無効確認を求める法律上の利益がなく、本件訴えはこの点において不適法というほかない。

二  よつて、原告らの本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 中根勝士 佐藤久夫)

別紙第一、二図〈省略〉

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